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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)181号 判決

大阪府守口市京阪本通2丁目18番地

原告

三洋電機株式会社

代表者代表取締役

高野泰明

訴訟代理人弁理士

田中康博

西野卓嗣

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 麻生渡

指定代理人

伊波猛

秋吉達夫

中村友之

田辺秀三

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成3年審判第3153号事件について平成4年7月2日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

訴外平田賢は、昭和55年4月24日、名称を「交通騒音防止および太陽熱利用システム」とする発明につき特許出願した(昭和55年特許願第54743号、以下「原出願」という。)。

原告は、訴外平田賢から特許を受ける権利を譲り受け、昭和62年7月24日、特許庁長官に対し特許出願人の名義変更届出をした。

原告は、同月29日、原出願の一部を特許法44条1項の規定により分割して、新たな特許出願をした(発明の名称は「交通騒音防止機能を有する太陽電池システム」、後に「交通騒音防止機能を有するエネルギーシステム」と補正)が、平成3年1月22日に拒絶査定を受けたので、同年2月21日に審判を請求した。

特許庁は、上記請求を平成3年審判第3153号事件として審理した結果、平成4年7月2日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした。

2  特許請求の範囲第1項記載の発明(以下「本願発明」という。)の要旨

高速道路または鉄道などの車両通路の少なくとも一方に設けられた遮音壁の少なくとも一方の面に太陽エネルギーを直接電気に変換する太陽エネルギー変換素子を設け、上記遮音壁にてこれらの高速道路または車両通路を走行する交通手段より発生する騒音を吸収すると同時に、上記変換素子に依って発生する起電力をその近接地において利用することを特徴とした交通騒音防止機能を有するエネルギーシステム。(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  これに対して、原審においては、本願は原出願の分割出願とは認められず、本願の出願日は原出願の出願日に遡及するものではないとしている。そして、本願発明は、本願の出願日前の出願であって、その出願後に公開された実願昭61-105469号(実開昭63-14613号公報参照)の願書に最初に添付した明細書及び図面(以下「先願明細書」という。)に記載された考案と同一であるとし、特許法29条の2第1項の規定により拒絶査定されたものである。

(3)  そこでまず、本願が適法な分割出願であるか否かを検討する。

〈1〉 本願は、「遮音壁の面に太陽エネルギーを直接電気に変換する太陽エネルギー変換素子を設けた」点を本願発明の要旨の一部としている。そして、審判請求人(原告)は、この点は、原出願の出願当初の明細書(以下「原出願の当初明細書」という。)の「太陽エネルギー利用の一つの課題は、地球上で受け入れられる太陽エネルギーの、単位面積当りの熱量が著るしく低く、したがって、これを利用するためには、広大な集熱面積を必要とするか、または、効率のよい熱起電力を有する素子を開発することであるが、後者は、今後、さらに莫大な費用と年月をかけて研究をおこなう必要がある。」(甲第4号証第1頁右下欄9行ないし15行)に記載されており、この記載を根拠として分割出願の要件を満たしている旨主張している。

〈2〉 しかし、原出願の当初明細書の上記記載部分には、太陽エネルギー利用の課題があげられているだけであり、「遮音壁の面に太陽エネルギーを直接電気に変換する太陽エネルギー変換素子を設けた」点は何ら記載されていない。さらに、原出願の当初明細書の他の記載部分及び図面にも上記の点の記載はなく、また、この点を示唆する記載もない。さらに、上記の点は、原出願の当初明細書及び図面の記載からみて自明な事項であるとも認められない。

したがって、本願発明の要旨の一部である「遮音壁の面に太陽エネルギーを直接電気に変換する太陽エネルギー変換素子を設けた」点は、原出願に包含されていたとは認められないため、本願を原出願から分割できたものとはすることができない。

よって、本願は、特許法44条1項に規定する分割出願とは認められず、本願の出願日は遡及せず、昭和62年7月29日である。

(4)  つぎに、原査定の拒絶の理由について検討する。

〈1〉 先願明細書には、「吸音孔が形成され道路の路側に施設されて通過車両が発生する騒音の道路外への拡散を防止する道路用遮音壁において、該遮音壁の少なくとも一方の面に太陽電池パネルを装備し、該太陽電池パネルで日中発電された電力は太陽電池パネル近傍に設置された蓄電池に蓄えられ、夜間に点滅灯や案内板の電源に使用される道路用遮音壁」が記載されている(別紙図面3参照)。そして、先願明細書における、遮音壁の面に設けられた太陽電池パネルは、これにより発電された電力を点滅灯や案内板として利用するものであるので、先願明細書には、交通騒音防止機能を有するエネルギーシステムが実質的に記載されていると認められる。

さらに、先願明細書における太陽電池パネルによって発電された電力は道路に設けられた点滅灯や案内板の電源として利用されるので、本願発明における「その近接地において利用する」ものである。

〈2〉 してみると、本願発明と先願明細書に記載された考案(以下「先願考案」という。)とは、遮音壁の少なくとも一方の面に、前者が「太陽エネルギーを直接電気に変換する太陽エネルギー変換素子に設けた」のに対し、後者が「太陽電池パネルを設けた」点でのみ相違し、その余の点で一致している。

上記相違点について検討するに、太陽電池パネルも、太陽エネルギーを直接電気に変換する太陽エネルギー変換素子であり、「太陽電池パネル」とするか「太陽エネルギーを直接電気に変換する太陽エネルギー変換素子」とするかは、単に表現上の差異にすぎず、両者には実質的な差異は認められない。

(5)  したがって、本願発明は先願考案と同一であると認められ、しかも本願発明の発明者が先願考案の考案者と同一であるとも、また本願の出願の時に、その出願人が先願考案の実用新案登録出願人と同一であるとも認められないので、本願発明は、特許法29条の2第1項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)、(2)、(3)〈1〉、(4)〈1〉は認める。同(3)〈2〉、(4)〈2〉は争う。同(5)のうち、本願発明の発明者が先願考案の考案者と同一でないこと、また本願の出願の時に、その出願人が先願考案の実用新案登録出願人と同一でないことは認めるが、その余は争う。

(1)  取消事由(1)-特許法159条2項、50条違反

審決は、本願発明の要旨の一部である「遮音壁の面に太陽エネルギーを直接電気に変換する太陽エネルギー変換素子を設けた」点が原出願の当初明細書に記載されていないとして、本願を適法な分割出願と認めなかった。

しかし、上記の点については、審査手続において何ら指摘がなく、審判段階においても拒絶理由通知がなされることなく、審判請求人たる原告に対し意見を述べる機会を与えなかったものであるから、審決には特許法159条2項、50条の規定に反する違法がある。

(2)  取消事由(2)-分割出願を不適法としたことの違法

〈1〉 原出願の当初明細書中の「太陽エネルギー利用の一つの課題は、地球上で受け入れられる太陽エネルギーの、単位面積当りの熱量が著るしく低く、したがって、これを利用するためには、広大な集熱面積を必要とするか、または、効率のよい熱起電力を有する素子を開発することであるが、後者は、今後は、さらに莫大な費用と年月をかけて研究をおこなう必要がある。」(甲第4号証第1頁右下欄9行ないし15行)との記載は、太陽エネルギー利用の課題を示すものであるが、課題といえども明細書の記載事項であり、上記記載における「効率のよい熱起電力を有する素子」が本願発明における「太陽エネルギーを直接電気に変換する太陽エネルギー変換素子」を意味することは自明であり、これが太陽熱吸収板(又は遮音壁)の面に設けられることは、原出願の当初明細書の記載内容から明らかである。

上記のとおり、本願発明の要旨の一部である「遮音壁の少なくとも一方の面に太陽エネルギーを直接電気に変換する太陽エネルギー変換素子を設け」た点が原出願の当初明細書に記載されていることは明らかであるから、審決が、本願を適法な分割出願として認めなかったことは違法である。

〈2〉 被告は、原出願の発明である「太陽エネルギー利用システム」は吸収した太陽エネルギーを直接電気に変換して近接地において利用するものを含むことが明らかであるから、本願発明の「エネルギーシステム」と実質的に同一である旨主張するが、以下述べるとおり失当である。

原出願の当初明細書における上記〈1〉の記載中の「広大な熱面積を必要とする」との部分は、原出願の発明のような太陽エネルギーの中の熱を吸収するシステムを対象とし、「効率のよい熱起電力を有する素子」は本願発明のような太陽エネルギー(正確には、主に太陽エネルギーの中の光エネルギー)を直接電気に変換するシステムを対象としている。そして、原出願の発明の構成要件の一部である「太陽エネルギー吸収手段」に対応する原出願の当初明細書記載の実施例としては、太陽熱吸収板4の背面に密着してはわせたパイプ6の中に熱媒を流したもののみが示されていること(甲第4号証第2頁左下欄17行ないし右下欄10行及び図面第2図)、及び上記明細書には「上述のように、本発明によれば、人家の密集するエネルギー需要地に近い、交通機関の遮音壁の広大な壁面積を利用することにより、防音機能ならびに太陽熱エネルギー吸収機能を併せて保有するシステムが達成される。」(同第2頁右下欄11行ないし15行)と記載されていることに照らしても、原出願の発明が防音機能と太陽熱エネルギーの吸収機能を併せて保有するシステムであることは明白である。

上記のとおり、原出願の発明は、太陽熱エネルギーを吸収するシステムであり、本願発明のような太陽エネルギーを直接電気に変換する太陽エネルギー変換素子を設けたシステムとは異なる。

したがって、原出願の発明と本願発明とは同一とはいえない。

(3)  取消事由(3)-本願発明を先願考案と同一とした判断の誤り

本願明細書(甲第3号証)の第4頁7行ないし第5頁14行には、本願発明の実施例として、表面板(5)の小孔の背後に設けられた吸音板(4)による遮音吸音効果と、表面板(5)に設けられた太陽エネルギー変換素子による太陽エネルギーの吸収(すなわち、太陽エネルギーを直接電力に変換する)効果を奏するものが記載されているが、この実施例は、遮音壁の同一面の、かつ同一領域内において太陽エネルギーの吸収と遮音吸収の効果を奏するものである。

ところで、発明の要旨は、特許請求の範囲の記載のみならず、実施例も含めた明細書全体から把握すべきものであるから、本願発明の要旨における「同時に」は、遮音壁の同一面の、かつ同一領域内において、太陽エネルギーの吸収と遮音吸収の効果を同時に達成するための構成を意味するものというべきである。

これに対し、先願考案は、遮音壁10の太陽電池パネル13が設けられていない領域で遮音吸音を、遮音壁10の太陽電池パネル13が設けられている領域で太陽エネルギーの吸収を行うものであるから、同一面内で太陽エネルギーの吸収と遮音吸収の効果を同時に奏するものではあるが、同一領域内で太陽エネルギーの吸収と遮音吸収の効果を同時に奏するものではない。

本願発明と先願考案とは上記のとおり相違するから、両者を同一であるとした審決の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決に原告主張の判断の誤り及び違法はない。

2  反論

(1)  取消事由(1)について

〈1〉 特許庁審査官は、本件分割出願につき、「原出願(特願昭55-54743号)の願書に最初に添付した明細書又は図面には、本願の特許請求の範囲に記載されている「太陽電池」なる構成要素に関する記載はなく、また明細書又と図面の記載からみて当業者にとり自明のものであるとも認められない。」との理由を述べて、不適法な分割出願である旨指摘し、出願日が遡及しないことを前提に拒絶理由を通知した。

上記のとおり拒絶理由通知において、「『太陽電池』なる構成要素に関する記載」の点を指摘したが、これは、分割後の出願である本願の特許請求の範囲第1項に記載の「遮音壁の少なくとも一方の面に太陽電池を設け」の点と、本願の分割の基となった原出願の当初明細書及び図面の記載からみて、例えば、「遮音壁の少なくとも一方の面を太陽熱吸収板とし」(甲第4号証第1頁左下欄6行、7行)の点とを対比し、両者の構成の相違点として、特に、分割後の出願である本願の特許請求の範囲第1項に記載された「太陽電池」の語のみを抽出し、簡潔に表現したものである。つまり、「『太陽電池』なる構成要素に関する記載」は、「太陽電池」と一体的に連関する構成要素である「遮音壁」をも含んだ表現であって、その意味するところは、分割後の出願である本願の特許請求の範囲第1項の記載と同様の「遮音壁の少なくとも一方の面に太陽電池を設け」ということである。

〈2〉 原告は、上記拒絶理由通知を受けて、平成2年11月2日付け手続補正書で明細書全文を補正し、特許請求の範囲第1項を本願発明の要旨のとおりに補正した。

ところで、上記補正後の特許請求の範囲第1項における「太陽エネルギーを直接電気に変換する太陽エネルギー変換素子」なる表現は、「太陽電池」を機能的に言い表したものにすぎないから、審査官は、拒絶査定の備考欄において「補正された特許請求の範囲に記載されている『太陽エネルギー変換素子』なる構成要素は、補正前の特許請求の範囲に記載されている『太陽電池』と同一の構成要素であると認められる。」との理由を述べるとともに、本願の補正前の特許請求の範囲第1項の記載と補正後の特許請求の範囲第1項の記載とが、構成の表現上の相違に基づく差異のないものであることを前提として、引用例である先願考案と対比検討し、本願を拒絶査定したものである。

〈3〉 以上のとおり、「遮音壁の面に太陽エネルギー変換素子を設けた」の点については、上記〈1〉で述べたように、審査手続における拒絶理由通知書で指摘するとともに、その理由を述べ、出願人たる原告に対し意見書または手続補正書の提出の機会を与えており、また、「太陽電池」と「太陽エネルギーを直接電気に変換する太陽エネルギー変換素子」との表現上の違いに対しても上記〈2〉で述べたように指摘しているのである。

したがって、審判段階において原告に対し、再度意見を述べる機会を与えることなく、原査定と同一の拒絶理由により審決をするに至った点に何ら原告主張の違法はなく、取消事由(1)は理由がない。

(2)  取消事由(2)について

〈1〉 原出願の当初明細書の第1頁右下欄9行ないし15行の記載は、太陽エネルギー利用の課題を開示しているにすぎず、本願発明の構成要件である「遮音壁の少なくとも一方の面に太陽エネルギーを直接電気に変換する太陽エネルギー変換素子を設け」た点を開示ないし示唆するものではない。

したがって、上記の点を要旨の一部とする本願発明は、原出願に包含されていない発明であるから、本願は適法な分割出願とはいえない。

〈2〉 仮に、原出願の当初明細書における上記記載が、本願発明の上記構成要件を開示ないし示唆するものであるならば、本願発明は原出願の発明と実質的に同一であるということになり、本願は適法な分割出願とはいえない。すなわち、本願発明は、特許請求の範囲第1項に記載されたとおりの「エネルギーシステム」である。一方、原出願の発明は、特許請求の範囲第1項に記載されたとおりの「高速道路または鉄道などの車両通路の少なくとも一方に設けられる遮音壁を、吸音板と該吸音板を挟む太陽エネルギーを吸収する太陽エネルギー吸収手段とにより構成すると共に前記遮音壁を地表に対して垂直になるように設置し、前記遮音壁にて車両通路を走行する交通手段により発生する騒音を吸収すると同時に、前記太陽エネルギー吸収手段によって集められたエネルギーをその近接地において利用することを特徴とした交通騒音防止機能を有する太陽エネルギー利用システム。」(乙第3号証参照)であり、その発明の詳細な説明の項には、原出願の当初明細書の上記〈1〉の記載がそのまま記載されている。

してみると、原出願の発明である「太陽エネルギー利用システム」は、吸収した太陽エネルギーを直接電気に変換して近接地において利用するものを含むことが明らかであり、本願発明の「エネルギーシステム」と実質的に同一であるということになるから、本願は適法な分割出願とはいえない。

〈3〉 以上のとおりであるから、本願はいずれにしても適法な分割出願とはいえず、取消事由(2)は理由がない。

(3)  取消事由(3)について

〈1〉原告は、本願発明の要旨における「同時に」は、遮音壁の同一面の、かつ同一領域内において、太陽エネルギーの吸収と遮音吸収の効果を同時に達成するための構成を意味するものである旨主張するが、特許請求の範囲第1項の記載からは「同時に」の意味をそのように限定することはできない。

〈2〉 仮に、「同時に」の意味が原告主張のとおりであるとしても、先願明細書の実用新案登録請求の範囲には、「吸音孔が形成され道路の路側に施設されて通過車両が発生する騒音の道路外への拡散を防止する道路用遮音壁において、該遮音壁の少なくとも一方の面に太陽電池パネルを装備したことを特徴とする道路用遮音壁」と記載され、また、図面第2図(別紙図面3第2図参照)には、道路左側の路側に施設された遮音壁の車両の走行する面と同一の面に太陽電池パネルを装備したものが記載されているから、先願明細書には原告が主張する意味合いの「同時に」と同一の構成が示されていることは明らかである。

〈3〉 したがって、本願発明と先願考案は相違している旨の原告の主張は理由がなく、これを前提とする取消事由(3)は理由がない。

第4  証拠

証拠関係は書証目録記載のとおりである(書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。)。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実、審決の理由の要点(1)、(2)、(3)〈1〉、(4)〈1〉、及び本願発明の発明者が先願考案の考案者と同一でなく、また本願の出願の時に、その出願人が先願考案の実用新案登録出願人と同一でないことは、当事者間に争いがない。

2  取消事由(1)について

(1)  甲第2号証(特許願書)、第3号証(手続補正書)及び乙第1号証(拒絶理由通知書)、第2号証(拒絶査定書)によれば、分割出願に係る本願の特許請求の範囲第1項は、「高速道路または鉄道などの車両通路の少なくとも一方に設けられた遮音壁の少なくとも一方の面に太陽電池を設け、該遮音壁にてこれらの高速道路または車両通路を走行する交通手段より発生する騒音を吸収すると同時に、上記太陽電池に依って発生する起電力をその近接地において利用することを特徴とした交通騒音防止機能を有する太陽電池システム。」というものであったこと、これに対し、特許庁審査官は、平成2年8月21日付け拒絶理由通知書をもって原告に対し、「原出願(特願昭55-54743号)の願書に最初に添付した明細書又は図面には、本願の特許請求の範囲に記載されている『太陽電池』なる構成要素に関する記載はなく、また明細書又は図面の記載からみて当業者にとり自明のものであるとも認められない。よって出願日の遡及は認められない。」とした上、分割出願に係る発明は先願考案と同一であって特許法29条の2の規定により特許を受けることができない等の理由を付して、拒絶理由を通知したこと、原告は、同年11月2日付け手続補正書により明細書全文を補正し、特許請求の範囲第1項を本願発明の要旨のとおりに補正したこと、審査官は、上記拒絶理由によって分割出願に係る本願につき拒絶査定したが、拒絶査定の備考欄に「補正された特許請求の範囲に記載されている『太陽エネルギー変換素子』なる構成要素は、補正前の特許請求の範囲に記載されている『太陽電池』と同一の構成要素であると認められる。」と付記したこと、以上の事実が認められる。

(2)  ところで、甲第4号証(特開昭56-151840号公報)によれば、原出願の当初明細書記載の特許請求の範囲第1項は、「高速道路または鉄道等の車輌通路の少なくとも一方に設けられる遮音壁の少なくとも一方の面を太陽熱吸収板とし、これらの交通手段より発生する騒音を吸収すると同時に、太陽熱吸収板により集められた太陽熱をその近接地において利用することを特徴とする交通騒音防止および太陽熱利用システム。」というものであることが認められるところ、分割出願に係る本願の上記特許請求の範囲第1項の記載と対比すると、後者における「遮音壁の少なくとも一方の面に太陽電池を設け」との構成は、前者における「遮音壁の少なくとも一方の面を太陽熱吸収板とし」と対応関係をなしているものと認められる。しかして、拒絶理由通知において、両者の構成の相違点として、後者における「太陽電池」の語のみを抽出し、「『太陽電池』なる構成要素に関する記載はない」と指摘した点は措辞必ずしも適切とはいえないとしても、上記の対応関係をみれば、この指摘が「『遮音壁の少なくとも一方の面に太陽電池を設け』の記載はない」という意味であることは、当業者であれば容易に理解できるものと認めるのが相当である。そして、原告は上記拒絶理由通知を受けて明細書全文を補正していること、及び補正後の特許請求の範囲第1項における「太陽エネルギーを直接電気に変換する太陽エネルギー変換素子」は「太陽電池」を機能的に表現したものであるといい得るところ、審査官は、拒絶査定において上記のとおりの付記をしていることをも併せ考えると、審判段階において、原告に対し、本願発明の要旨の一部である「遮音壁の面に太陽エネルギーを直接電気に変換する太陽エネルギー変換素子を設けた」点について、再度拒絶の理由を通知して、意見書を提出する機会を与えなければならないものとは認め難く、審決に特許法159条2項、50条の規定に反する違法はないものというべきである。

したがって、取消事由(1)は理由がない。

3  取消事由(2)について

(1)  原出願の当初明細書の発明の詳細な説明に、「太陽エネルギー利用の一つの課題は、地球上で受け入れられる太陽エネルギーの、単位面積当りの熱量が著るしく低く、したがって、これを利用するためには、広大な集熱面積を必要とするか、または、効率のよい熱起電力を有する素子を開発することであるが、後者は、今後は、さらに莫大な費用と年月をかけて研究をおこなう必要がある。」との記載があることは当事者間に争いがない。

上記記載は、太陽エネルギー利用の課題を述べたものであるが、それに止まらず、「効率のよい熱起電力を有する素子」が太陽エネルギーを利用する場合の有効な手段であることを開示しているものと認めるのが相当である。

そして、本願発明における「太陽エネルギーを直接電気に変換する太陽エネルギー変換素子」が上記「熱起電力を有する素子」に相当することは技術的に明らかであり、太陽エネルギー利用のために遮音壁を用いることを特徴としている原出願の発明においては、「熱起電力を有する素子」を用いる場合には、これを遮音壁に設けるものとして開示しているものと認められる。

以上によれば、原出願の当初明細書には、「遮音壁の面に太陽エネルギーを直接電気に変換する太陽エネルギー変換素子を設けた」点が開示されているものと認めるのが相当であり、これに反する審決の認定は誤っているものというべきである。

(2)  ところで、乙第3号証(特公平1-59508号公報)によれば、原出願の発明は、特許請求の範囲第1項に記載された「高速道路または鉄道などの車両通路の少なくとも一方に設けられる遮音壁を、吸音板と該吸音板を挟む太陽エネルギーを吸収する太陽エネルギー吸収手段とにより構成すると共に前記遮音壁を地表に対して垂直になるように設置し、前記遮音壁にて車両通路を走行する交通手段により発生する騒音を吸収すると同時に、前記太陽エネルギー吸収手段によって集められたエネルギーをその近接地において利用することを特徴とした交通騒音防止機能を有する太陽エネルギー利用システム。」(別紙図面2参照)であること、原出願の明細書の発明の詳細な説明には、当初明細書の上記(1)の記載がそのまま記載されていることが認められる。

上記事実、及び当初明細書の上記(1)の記載の技術的意味によれば、原出願の発明に係る「交通騒音防止機能を有する太陽エネルギー利用システム」は、吸収した太陽エネルギーを直接電気に変換して近接地において利用するものを含むものというべきであり、本願発明に係る「交通騒音防止機能を有するエネルギーシステム」と実質的に同一であると認めるのが相当である。

したがって、本願は分割の要件を満たさない不適法なものというべきである。

原告は、原出願の発明は太陽熱エネルギーを吸収するシステムであり、本願発明のような太陽エネルギーを直接電気に変換する太陽エネルギー変換素子を設けたシステムとは異なる旨主張するが、原出願の発明において吸収されるエネルギーは「太陽エネルギー」であって、「太陽熱エネルギー」に限定されるものでないことは、上記特許請求の範囲第1項の記載によっても明らかであり、また、原出願の明細書の発明の詳細な説明には上記のとおりの記載があるから、原告の上記主張は採用できない。

(3)  以上のとおりであるから、本願は特許法44条1項に規定する分割出願とは認められず、本願の出願日は遡及しないとした審決の判断は、結論において誤りはなく、取消事由(2)は理由がない。

4  取消事由(3)について

(1)  原告は、本願発明の要旨における「同時に」は、遮音壁の同一面の、かつ同一領域内において、太陽エネルギーの吸収と遮音吸収の効果を同時に達成するための構成を意味するものである旨主張する。

しかし、本願発明の特許請求の範囲第1項の「高速道路または鉄道などの車両通路の少なくとも一方に設けられた遮音壁の少なくとも一方の面に太陽エネルギーを直接電気に変換する太陽エネルギー変換素子を設け」との記載によれば、太陽エネルギーの吸収と遮音吸収が遮音壁の同一面において行われるものに限定されるものでないことは明らかであり、しかも特許請求の範囲第1項の記載の文脈からしても、「同時に」は、遮音壁による騒音の吸収と遮音壁に設けた太陽エネルギー変換素子により発生する起電力の利用という、機能的な面の併存を表現したにすぎないことも明らかである。

したがって、原告の上記主張は理由がなく、この主張を前提として、本願発明は先願考案と相違する旨の原告の主張は採用できない。

(2)  上記のとおり審決の理由の要点(4)〈1〉は当事者間に争いがなく、これによれば、審決のした本願発明と先願考案との一致点及び相違点の認定に誤りはないものというべきである。そして、「太陽電池パネル」とするか「太陽エネルギーを直接電気に変換する太陽エネルギー変換素子」とするかは、単に表現上の差異にすぎないものと認めるのが相当であるから、審決の相違点に対する判断に誤りはない。

(3)  したがって、本願発明は先願考案と同一であるとした審決の判断に誤りはなく、取消事由(3)は理由がない。

5  よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濵崎浩一 裁判官 押切瞳)

別紙図面1

〈省略〉

別紙図面2

〈省略〉

別紙図面3

〈省略〉

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